「デザイン都市・神戸」創造会議で、未来の神戸を考える

2014.12.30

CATEGORIES:国内 ,神戸

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僕は生まれも育ちも神戸です。我が街神戸を愛する想いが届いたのか、神戸の街づくりを広義な意味でのデザイン的な視点で推進する「デザイン都市・神戸」創造会議の委員をさせていただいています。

この創造会議には、議長の齊木崇人さん(神戸芸術工科大学学長)をはじめ、特別顧問の安藤忠雄さん(建築家)、委員には青木史郎さん(公益財団法人日本デザイン振興会常務理事)や岩田弘三さん(株式会社ロック・フィールド代表取締役兼CEO)、矢崎和彦(株式会社フェリシモ代表取締役社長)、など、産官学からそうそうたるメンバーが招集されています。各業界の第一線で活躍されている方々のお話は、毎回とても刺激的です。

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第二回目の会議が10月に行われたのですが、僕は公開討論のトップバッターとして「神戸の未来の姿」について建言させていただきました。

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いま、神戸市にはさまざまな問題があります。都市デザインの観点では、神戸の「顔」となる玄関口がないこと、都心の機能が弱いこと、街づくりにおいての長期的な展望が確立できていないこと……。まさに「ないないづくし」で、今後解決しなければならないことが山積みです。

こうした課題を片付けていくために、創造会議があるわけですが、会議ばかりが先行し、机上の空論になってはダメだと常々考えています。今回は、ひとつ具体案を提言させていただきました。それは、神戸市役所の南に位置する大型公園「東遊園地」を一面芝生化し、市民のリビングルームとして活用することです。
このアイディアは、同じく米ポートランド市を注目する仲間、神戸モトマチ大学の村上豪英さん、神戸R不動産の小泉寛明さんと議論する中で生まれました。

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都市デザインにおいてまず大切なことは、「誰をハッピーにするのか」ということだと僕は考えています。マーケティングでいえば、「顧客を誰に定めるのか」というターゲットの設定。神戸の街には、主に3種類の人々がいます。ひとつは「神戸市民」、ふたつは神戸への「旅行者」、そしていずれ神戸市民になり得る「移住予備軍」。僕はこの3タイプの人を別々に考えるのではなく、三者が同心円上に共通して価値と見れるものから優先的に取り組んでいくべきだと考えています。

とりわけ神戸には、20代、30代前半で活力ある若い人の昼間滞留人口が少ないのではないか、という疑問があります。当校でも毎年多くの学生が卒業しますが、極端な年は、その就職先企業の所在地として東京・大阪が占める率が半数を超えます。国内のいろんな地域から若い人が集まってくるにも関わらず、神戸ではない出口を選ぶ方も多い。若い人たちがここで働きたいと思えるやりがいのある仕事環境、彼らが精神的な充足を得うる地域生活、いまの神戸が最優先して強化すべきことではないでしょうか。多分、これは東京以外のあらゆる都市に言えることだと思います。

神戸は山と海に挟まれ、有効活用できる土地の限られた街です。東遊園地は都心の一等地にあり、神戸ルミナリエのメイン会場として知られていますが、日頃は有効活用できていません。ここを活性化することで「神戸は変わるんだぞ」という意志を持ったアイコン的存在になるのではないでしょうか。

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具体的な施策としては、東遊園地の芝生化と、Wi-Fiを整備することです。モデルケースでいうと、ニューヨークの「ブライアント・パーク」ですね。ブライアント・パークはWi-Fiが整備されていて、芝生に座ってパソコンで仕事をする人々をよく見かけます。また、冬にはスケートリンク、そしてテニスの全米オープンを誘致し、それらの収益で、上質なイベントが成り立つような試みをしています。市民が公園を活用し、街を所有しているという感覚を持てるような催しをたくさんするということを、行政と一緒になって市民団体が企画をしているんです。そしてイベントを開催し、儲けて、市民のにぎわいをつくっている。このにぎわいによって、素晴らしいお店がたくさんでき、「こんなところで毎日仕事をしたい」と思う、エンジニアやクリエイターがたくさん集まってきています。

五感をフルで働かせて楽しめる環境、クリエイティビティが高い人々の集積、革新的な仕事による高収入、そして、適度に非日常的な集約点となる場があること。これらが揃うと生活していても楽しいし、更に期待する人達が集まってくると僕は考えています。

場づくりを通じて、新たな産業をどんどん呼び起こせる、もしくはクリエイトできる……神戸はそんな街になってほしいなと思います。

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砂漠に現れる7日間だけの都市 バーニングマンを再考する

2014.12.22

CATEGORIES:海外

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本夏、2年ぶりにバーニングマンへ。 今回はpixiv代表の片桐さんをはじめ神戸と東京のキーマンと呼べる皆さんとの8人で参加し、中々に濃い時間を過ごしました。

さて、「バーニングマンって何?」という方のために簡単に解説をしますが、これがとても難題です。誤解を招くことを覚悟で言うと、アメリカの西部、ネバダ州の荒涼とした砂漠に一週間だけの街を築き、7万人に迫る人々が資本主義・貨幣経済の価値から脱して生活を共にし、最終日には街の象徴となるアート作品を燃やして無に返す、跡形もなく消えてしまうアート・イベント。

正直、何を言っているのかサッパリですよね。でも、実際に足を運んで、その目で確かめた人も「バーニングマンが何であるのか」、うまく咀嚼できる人はそういないはずです。それほどバーニングマンは特有の体験であり、もうバーニングマンとしか言いようがない……。

会場となるネバダ州のブラックロック砂漠は、電波も通じず、電気も水道もガスもない、アルカリ性の砂塵が舞う荒れ地です。何にもない場所に期間限定の街がポッと現れ、そこへ世界各国からアーティストや経営者、文化人にダンサー……多種多様な人々がやってくるわけです。Facebookの創業メンバも参加し、amazonの会長はここで結婚式を上げ、電気自動車のTESLAモータースを成功させたイーロンマスクもここへの道中に太陽光発電を意識したとのこと。世界を席巻するサービスやプロダクトを創っている人々が集まっているんですね。このイベントの主催者側が用意してくれるのは、自然環境保護のための仮設トイレと、食料の鮮度を保つための氷のみ。それ以外のすべてのもの、生命を維持するための水や食料、昼夜の寒暖差に耐える衣類や燃料、激しい砂嵐から身を守る住居などを、自らの責任で用意しなければなりません。本当のサバイバルです。

それでも、ここに集まる人たちの多くは、自分のパフォーマンスやアート作品のために、大量の音響機材や巨大な火器等をトラックに積み込んでやってくる。もちろん、資材やそれを運ぶ交通費は自分もちで、一週間にわたり、信じられないほどの手間をかけて非日常的な世界をつくるのです。

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誰かが巨大なインスタレーション作品を創作しているかと思えば、その隣では素っ裸のダンサーが踊っている。ハンモックで寝そべりながら真剣な表情でディベートが行われる一方、レーザーや電飾の光を暗闇に照らしながら夜通しで大騒ぎをしている。目に映るすべてが普段の生活とは乖離していて、思わず目がクラクラするほどの異世界が、そこにはあります。

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バーニングマンの大きな特徴のひとつに、「お金を使うことができない」というルールがあります。ここでは1万円もただの紙切れ。何日目だったか、同行者のひとりがトイレに行く途中、「これで拭きな」と10ドル札を渡されたのだそう。ここではお金があっても、何ひとつ手に入れることができないのです。

その代わりに、バーニングマンの世界は、何をするにも「ギブアンドギブ」の精神で成り立っています。僕らは味噌汁を振る舞う知人のキャンプで過ごしたのですが、お金は一切いただきません。普段は高価なチケットを買わなければ楽しめないアートや音楽も無料で楽しめます。要するに、お金に頼らず、互いが与え合うなかで社会生活を成り立たせよう、という試みなのです。贈与経済の社会実験場といえるかもしれません。

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バーニングマンの根底には、「NO SPECTATOR(傍観者になるな)」という合い言葉があります。自分以外のすべての人々を楽しませるために行動しろ。世界をまたにかけるミュージシャンも、ニューヨークの会社員も、神戸の学校長も関係なく、みんなフラットな立場のエンターテイナーとなって、自分以外の者を楽しませる。利益も、地位も、名声も、外の世界に投げ捨てて、どうやったら残りの6万9999人を楽しませることができるのか。それだけをみんな考えているのです。

そんなバーニングマンの終わりは、唐突に訪れます。イベントの由来ともなっている巨大な木製の人形「MAN」を焼くことで終焉を迎えます。7万人の参加者が見守るなか、MANに火が着けられ、大きな炎をあげて散ってゆく光景は、ひとつの世界の終わりを感じさせるほどです。豪快に、荘厳に、そして、あっけらかんと燃えていく。MANが灰と化し、東の空が明るんでくるころ、「また来年」と言って人々は現実の世界へと帰ってゆきます。

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そして、ひとつのゴミも残さず人々が消え去り、荒涼としたいつもの砂漠の風景に戻るのですが、その変様ぶりは、まるで幻を見ていたかのよう。しかし、参加者は心の傷を負ったかのように鮮烈な感情を刻み込む、それがバーニングマンです。

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うーん、僕の説明では、これっぽっちもバーニングマンのリアルを表現できている気がしません(笑)。今年の参加者で、報告会をやりましたのでその様子もまたお知らせします。そこに参加された在校生の保護者の方が、次回参加を決意しておられました。まず必要なのは「自分がバーニングマンを楽しませてやろう」という心意気。人生を変える7日間というものが有るとすれば正にの集約点にあなたも参加してみませんか。傍観ではなく。

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東京ゲームショウで再会した「夢のゲーム」

2014.12.19

CATEGORIES:国内 ,学校・教育

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千葉の幕張メッセで開催された「東京ゲームショウ」が今年も大好評のうちに幕を閉じました。総入場者数は25万人超! 今年は国内外から421の企業や団体が参加し、過去最高の出展数だとか。世界中でプレイされているコンピューターゲームの一大祭典が、この日本で開催されているのは誇らしいことです。

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著名ゲーム企業が多数ブースを連ねるなか、神戸電子の学生たちもブースを出展しました。教育機関のなかでもいち早く東京ゲームショウに参加し、今年で16年連続の出展になります。
ブースでは、PC7台とNexus 7を1台使い、学生たちが制作したゲームを紹介しました。実際にプレイすることもでき、多くの来場者が訪れてくれました。ありがたいことです。

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かつて私もゲームソフト会社で働いていた経験があるので分かるのですが、自分たちが思いを込めてつくったゲームも世に送り出した途端、自分の手を離れていきます。たとえば、ユーザーがどんな風にプレイしているのか、どんな表情で画面に向き合っているのか……それを確かめる機会は意外と少なかったりするものです。
ゲームショウは、自分たちがつくったゲームをユーザーがプレイする、それをリアムタイムで見ることができる貴重な場です。ものづくりにおいて、「使い手」の顔を近くに想像できる人は、優秀な「作り手」になります。ゲームソフトを制作し、出展し、ユーザーの反応にじかに触れることができるこの体験は、学生たちにとって大きな財産になるでしょう。来年も楽しみです。
さて、僕はゲーム会社で働いていたと前段でも説明しましたが、かつて構想していたゲームのコンセプトが今年、スマホゲームとして発表されました。そのゲームが「東京ゲームショウ」に出展していたので、少しこれにも触れておこうと思います。
だいぶ昔の話になりますが、僕は専門学校と大学の両方を経験しました。当時あった神戸電子の夜間部で学んだプログラミング技術を手に大手ゲーム会社に就職し、ゲームソフトプログラミングの仕事をしていました。世界的ヒットになった「メタルギア」シリーズ初の海外版「Snake’s Revenge」の開発チームにもいたんですね。余談ですが、海外ではミリオンヒットし、その後の「メタルギア」本体にも影響を与える分岐点のような作品になったといわれています。ボス敵プログラミングと後半のマップを担当しました。
本題に戻りますが、その後、仲間とベンチャー企業を立ち上げて、自分たちのアイデアをゲームとして世に送り出そうと動いていた時があるのですが、残念ながらそれはカタチにできませんでした。ところが今回、その20年以上前の構想を元にして世に出たゲームが、今回出展された「NAZO」です。当時の仲間であり主たる発案者が、そのアイデアを土台に温め続け、実際のゲームとしてカタチにしてくれました。
「NAZO」は、サイバードという携帯電話向けのサービス配信を中心とした会社からリリースされています。名前のとおり、謎解きがメインのアドベンチャーゲーム。ティザーサイトはこちらでです。映画の『MEMORIES』『鉄コン筋クリート』などを手掛けたアニメーションスタジオ「STUDIO4℃」や、日本を代表する編集者の松岡正剛など、そうそうたるメンバーが制作チームに名を連ねていることもあり、業界では話題になっていたようです。ビジュアルやストーリー、音楽、どれも手を抜かずクオリティが高く、単にコンシューマーゲームを真似ただけのスマホゲームとは、ひと味違うワクワク感を得られます。
期間限定で、すべての謎を解き明かしたユーザーには、「宝」なるものが提供されたり(何かは言えないのですが、実物としてもらえる)、ユーザーからの課金が貧困で悩むベネズエラのチャリティ支援に使われたりと、ゲームの世界を乗り越えて、現実世界への波及を狙った意欲作です。
あの時は実現できなかったゲームが、こうして本当に形になるなんて……あきらめずに夢を追いかけることの大切さを教えられたように思います。

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