6/25 (土)14:12~

Google 川島優志氏スペシャルセミナー(前編)

■前編

2011年6月25日「神戸電子専門学校」ソニックホールにて

あの“世界の”Google社で、アジア太平洋地域のウェブマスターを務める川島優志氏。セミナーでは、Googleとはどんな企業か、Googleでの川島氏の仕事内容、そしてGoogleに入るまでの“型破り”人生について、大いに語っていただきました。その前編をレポートいたします。

●Googleのエリア

(Googleのエリア写真を見ながら)

川島: Googleはこういうところを対象にしています。Googleではこの地図を3つに分けていまして、North America(アメリカ全体)、APAC(Asia Pacific)、EMEA(ヨーロッパと中東、アフリカ)というふうになっています。僕が担当しているのは、大体このアジア太平洋のあたりですね。

(CMキャンペーンサイトと震災対策のクライシスレスポンスの写真を見ながら)

川島:僕のいる部署は、色んなサイトのデザインをしています。最近だとCMなどで流れているキャンペーンサイトもやってますし、震災対策のクライシスレスポンスなんかもそうです。例えばChromeに行ったときのダウンロードページや、その裏で走っているCMSとか、表側のグラフィックデザインからロゴまで、すごく広い範囲をカバーする部署です。

●炬燵に震災対策本部を設置

川島:社内はどんな感じかと言うと、非常に自由な感じ。もう何やっても別にいいんじゃない、と。「やりたければどうぞ」っていう文化がGoogleにはあります。

(炬燵の写真を見ながら)

川島:例えば、この炬燵は僕が勝手に畳と一緒に買ってきて置いたんです。そうするとみんなが適当に集まって来て「いいね、いいね」みたいな感じでやれちゃう。結局この机が、震災対策の時は震災対策本部になりましたね。

●未来を作る

(写真の真ん中にいるオーストラリアのエンジニアの写真を見ながら)

川島:この真ん中の、ロゴが逆さまになった皮肉なTシャツを着ている奴は、オーストラリア人のエンジニアです。南半球なんで、地図が逆さまなんだと。それを表現してこんなTシャツを作ったりしている訳です。色んな国の連中と一緒に仕事をすると、全く違った発想を持ってる奴もいて。グローバルな環境で仕事ができるっていうのは面白いです。

(「リキッドギャラクシー」の写真を見ながら)

川島:これは「リキッドギャラクシー」という、Google Earthを八面体のディスプレイで見るというものです。こういう物を作っていると、ちょっと先の未来みたいなのが見えるんです。未来っていうのは普通予測できない。もちろん、僕達だって予測はできないんですけれど、自分達で未来を作っていくという風な感覚を味わうことができるんです。その感覚も面白いですね。

●「バカを大マジメにする」

川島:うちの会社は世界中の情報を整理して、その情報に世界中の人々がアクセスし、使えるようにするというミッションを抱えています。Googleの出すモノは、根っこには全てこういうミッションがあります。僕はこのミッションがすごく好きで、世界中の人が同じような情報に接することができたらもっとお互いの理解が深まると思うんです。

この中でインターネット関連の仕事を将来しようと思ってる人っていますか?

参加者:(川島さんの予想以上の数)

川島:あ、結構いますね。皆さんは生まれた時からインターネットがあったと思うんですけれども、僕は高校時代、掌の上に図書館があったらどんなに素敵だろうって思ってたんです。図書館に行かなくても本が読める、そんな世界があったらいいなって思っていて。

僕が大人になると、それをGoogleがやりはじめてたんですね。「世界中の本をスキャンする」ということをバカ真面目にやっているんです。1秒間に何冊スキャンしたら世界中の本をスキャンできるか、もし出来ないなら出来るようにするための機械を開発できるかって言って、特許を取ったり。「バカを大マジメにする」…これは、僕が実際に入ってすごく思う事です。ストリートビューもそうです。世界中の路地裏が全部見れたらいいんじゃないか。それを実現しようとして大真面目にやってます。

後は、ホリデーロゴ。Googleが祝日とかに出すロゴです。1日しか変わらない、そういうものに対して、すごい情熱を傾けるんですよ。

パックマンのロゴのデモ1を見ながら)

川島:パックマンの30周年の時、Googleロゴを作りました。Flashは使わないでやろうとしたんだけど、一部どうしても使わなきゃいけないから、全部Java Scriptでやろうと。実は、それまではずっと1日しかロゴはやらないっていう決まりがあったんですけれども、これは例外的に2日間出したぐらい、本当に力の入ったロゴになりました。

パックマンのロゴのデモ2を見ながら)

川島:作るにあたりどういうことをやってたかというと、いかに実際のパックマンの動きに近づけるかということで、モンスターのアルゴリズムをものすごく研究して作ったんですね。例えば、パックマンのちょっと先を見てるモンスターがいる。別のモンスターはパックマンを見てる、みたいな視線のアルゴリズムをかなり忠実に再現してるんです。

●Googleロゴの歴史

Burning man festivalのGoogleロゴ写真を見ながら)

川島:一番最初のGoogleのロゴです。これは米ネバダ州で行われている、砂漠に一週間ずっと泊まる”Burning man festival”というイベントのもの。イベントの際に象徴的にこのロゴのような藁人形を作って燃やすんですね。

ある時、創業者のラリー・ペイジが「Burning man festivalに行きたい!」と言ったんです。すると、同じく創業者のセルゲイ・ブリンが「俺も行きたい!」と。でも誰かがサーバを見てなきゃいけない。社員が大体10人以下の時の話です。そこで「じゃあ、俺たちがBurning man festivalに行ってることがトップページで分かるようにしておけばいいんじゃないか?」って言ってできたのが始まり。最初は自分たちのホリデーのために作ったホリデーロゴなんです。

その後、デニスという僕のマネージャーだった者がインターンで入って来て、「アートを専攻している」と。当時、Googleはエンジニアばかりの会社で、アートを専攻してる奴なんていなかったんです。絵描けるんだったら描いてくれよ、っていう感じの軽いノリで彼が描き始めまして、結局彼がそれから7年ぐらい、たった一人で世界中のロゴを描き続けていました。

(鶴と亀のロゴスライド写真を見ながら)

川島:左下の鶴と亀がいるやつ、あれが日本絡みの最初のロゴです。七五三のロゴなんですが、当時社員が日本のロゴもやってくれと言って、彼は一生懸命七五三というのに対して調べて、想像して描いてくれました。当時Googleは全世界一緒のロゴが出るようになっていたので、これが出た時には、世界中から「一体これは何のロゴだ」っていう苦情がGoogleに押し寄せました。日本からも一体これは何のロゴだ、鶴と亀がいると。いやいやこれは七五三なんですと説明したが、文化を理解するっていうのは本当に大変だっていう、いい勉強になったと彼は言っていました。

2008年くらいから段々ロゴの数も増えて来て、こういうふうにチームを作って取り組むようになりました。その頃に僕もチームに入りました。日本独自のロゴもすごいいっぱいやりましたね。

ドラえもんのロゴ写真を見ながら)

川島:先ほどもちょっと言いましたけど、ロゴを作るときっていうのは、社員からまずアイデアが上がってきて、そのアイデアをみんなでシェアします。例えば2ちゃんねるの管理人・ひろゆきの誕生日とか。自分の誕生日描く奴もいるし、その中で良いのを選んで、会議していきます。

ドラえもんのロゴを決めたときも、会議をしました。ただ、お金は発生させられないから、藤子プロのところに「ドラえもんをロゴにしたいんです。お金は払えないんですけれども、よろしいでしょうか」とお伺いしました。藤子プロの方は快諾してくれて、それはそれは、って藤子・F・不二雄先生の書斎を模した部屋にまで通して下さり、ここに座ってインスピレーションを養って下さいみたいなことを言って下さったんです。

(藤子・F・不二雄先生の書斎を模した部屋の写真を見ながら)

川島:そこで座って撮った写真がこれですね。帰って来てすぐ興奮した状態でガーッと描いたんですが、周りに見せると「意味わかんない」と。チーム内のレビューで、デニスも「とてもいいんだが…」と口を濁すんです。僕ははじめ、ドラえもんのポケットからGoogleのlが出ているように描いたんです。ドラえもんのポケットから道具を出す時って、こう変形すると思うんですけど、「世界中のドラえもんを知らない人に、誤解を生むんじゃないか」と言われ、あぁ、そういう見方もあるんだなと思いました。

藤子プロにフィードバックをもらったのですが、すごい細かい修正をくれるんですね。このlを持っている腕はもっと太くないとだめとか、スモールライトを持っている指は親指を描いて下さい、とか。その情熱にほだされてのび太も加えてみたんだけど、のび太の加え方も通り抜けフープを使ったりタイムマシンを使ったりと、色んなバージョンを試しました。

Googleのロゴって本当に、その日一日しか見ない、一期一会のものなんですよね。パッと見た瞬間にわかるシンプルさみたいのがすごく大事で、それを大事にして作ってます。で、結局完成したのがこれですね。こういう風なシンプルな感じで作るっていうのがすごく大事で。そういうのが一番やっぱり強いデザインになっていくのかなっていう風に思っています。

【川島優志/Masashi Kawashima 】

Google シニア ウェブマスター&アジアパシフィック マネージャー

1976年横浜生まれ。早稲田大学在学中からマイクロソフトなどのウェブサイトをデザイン。その後中退し2000年より渡米。ロサンゼルスでのデザインプロダクション勤務を経て、Googleに入社。2007年に帰国。米国人以外で初めてホリデーロゴをデザインした。2009年より現職。アジア太平洋地域 のウェブマスターを統括している。GoogleCrisis Responseでは初動を指揮。

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