2025年3月28日(金)、神戸電子専門学校 学生会館において、人道支援をテーマとした特別な交流イベントが開催されました。このイベントは、単なる歴史学習の場ではなく、人道支援の光を象徴する場所、神戸で、過去と現在、そして未来を繋ぐ重要な意味を持つものでした。
人道支援の光
杉原千畝と神戸ジューコム
この物語の中心にあるのは「杉原千畝」と「神戸ジューコム」です。
杉原千畝は、1939年にリトアニアのカウナス領事館領事代理として、ナチスの迫害を逃れてきたユダヤ人に対し、日本通過のためのビザ(命のビザ)を発給した外交官です 。彼の勇気ある行動によって、多くのユダヤ人難民が日本へ、そして神戸へと辿り着きました 。
その当時、神戸ジューコムは日本最大のユダヤ人組織があった神戸で、ユダヤ人が集まるコミュニティセンターとして設立されていました。神戸ジューコムは、第二次世界大戦中、多くのユダヤ人難民にとって希望の光となりました 。
人道支援プログラムを受ける高校生、
神戸の大学生や地元住民が来場
今回のイベントには、杉原千畝氏の奥様の母校であり、人道教育プログラムを実施している香川県立高松高等学校の生徒50名がこのイベントのため来校しました。
さらに、地元神戸の大学生や大学院生、教育関係者、地元住民など、多様な参加者が集いました。
この神戸の地で、過去の人道支援の歴史と、そこに生きた人々の温かい心に触れることは、参加者にとって非常に意義深い経験となりました。
歴史の証人との出会い:
石堂ゆみ教授による講演
イベントは、神戸情報大学院大学 石堂ゆみ客員教授による講演で幕を開けました。石堂教授は、ユダヤ人の起源に遡り、ディアスポラ(離散)の歴史、そして反ユダヤ主義がどのように変遷し、ホロコーストという悲劇へと至ったのかを、深く掘り下げて解説しました 。
- ユダヤ人の起源と、古代イスラエル王国から始まるディアスポラ(離散)の歴史。
- 反ユダヤ主義が、宗教的なものから人種的な差別へと変質していった過程。
- ナチス・ドイツによるホロコーストの全貌と、それを可能にしたプロパガンダの力。
- ゲットーにおけるユダヤ人の生活、そして強制収容所での大量虐殺の悲惨さ。
- 絶望的な状況下でも希望を失わず、生き抜いた人々の証言と、そこから学ぶべき教訓。
石堂教授の言葉は、参加者の胸に深く刻まれ、歴史の重みと人道支援の重要性を改めて認識する機会となりました。
「命のビザ」が繋いだ奇跡:
神戸ジューコムの歴史 講演
続いて、神戸電子専門学校の福岡美和 事務長代理が、神戸ジューコムの歴史と、ユダヤ難民と神戸市民の心温まる交流について講演を行いました 。
講演では、以下の点が詳しく語られました。
- 神戸ジューコムは、ユダヤ人難民を助ける救済活動の拠点として重要な役割を果たした。
- ユダヤ難民たちは、1940年7月から1941年11月までの約1年半、神戸に滞在。そのとき、神戸市民は、ユダヤ難民たちを温かく迎え入れた。
- 神戸ジューコムの役員だったレオ・ハニン氏の言葉「神戸にはユダヤ難民に対して反ユダヤ主義はなかった。あったのは温かい思いやりと優しさばかりだった」
- 神戸で過ごしたユダヤ難民たちは、戦後、世界各地で新たな生活を築き、その子孫は現在も繁栄している。
講演の終わりに、ホロコーストを生き延びた本人やその家族が集まって歌うビデオクリップが紹介され、杉原千畝や神戸の人々によって助けられた命が未来へと繋がっていることが紹介されました。
福岡事務長代理の講演は、困難な時代の中で、人間の優しさと連帯が確かに存在したことを物語り、参加者の心を温かく包み込みました。
学びを深める:
グループワークと神戸ジューコム跡地見学
講演後には、グループワーク形式のワークショップが実施され、講演内容に関する活発なディスカッションと意見交換が行われました。参加者は、それぞれの視点から人道支援について考え、理解を深めました。
また、神戸電子専門学校敷地内にある「神戸ジューコム」の跡地見学も行われ、参加者は当時の面影に触れ、歴史の重みを実感しました。
未来へのメッセージ:
神戸から発信する人道支援の心
今回のイベントは、過去の歴史を学び、人道支援の重要性を再認識する貴重な機会となりました。特に、杉原千畝氏の奥様の母校である高松高校の生徒たちが、神戸の地でこの学びを得たことは、人道支援の精神が次世代へと確実に受け継がれていくことを示しています。参加者は、この神戸での出会いと学びを未来へと繋げ、より良い社会の実現に貢献していくことを誓いました。
本校は、今後も人道支援に関する学びを深めるための取り組みを積極的に行ってまいります。生徒や学生が歴史から学び、人道的な心を育むとともに、社会に貢献できる人材育成に努めてまいります。
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